新型コロナウィルス感染拡大防止のため稽古自粛中です。
代わりに「母と子の開祖語録とその解説」をアップします。
卓上開祖語録カレンダー(第一集)より
少林寺拳法は選手をつくらない。強い奴をつくる必要はない。負けない奴をつくればいい。自分が得たものは友達にも教えて、早く上手になって、一緒に上手になろうではないか。
お母さんの後からついて言おう。「少林寺拳法は…つくればいい」割とスラスラ言えたのではないかな。試しにもう一回言ってみよう!次いくよ。「自分が…なって」、二回繰り返して。最後だ。「一緒に…ないか」。それじゃ最初の「少林寺拳法は」から言ってみよう。
「強い奴をつくる必要はない」と開祖は言う。普通なら驚く言葉だよね。武道だったら強い人間をつくることが大事な目的だと思われているから。「負けない人間をつくるんだ」って言うんだ。相手に勝つための武道と負けない武道では、技術そのものも、稽古のあり方も全く違うのだ。誰も負けないという社会は生きやすい。けれども、負けないために勝たなければいけないという世の中は生きにくいと思う。強い人間をつくるのが目的なら、世界チャンピョンは一人しか生まれないね。他はみんな弱い人間だ。でも負けない人間になるなら、力のないこの自分でもなれるはずだ。そうなりたいと思う人なら誰でも皆なれる。それは負けないという強さだと言えるよね。
少林寺拳法は人づくりの手段だ。修行を続けることで「人」がつくられていく。その仕掛けが一杯ある。二人で手を取り合って稽古するのも、それが人づくりの「行」になるからだね。自分ができること、知っていることを、惜しみなく相手に教えてあげることができるのも、勝ち負けがないからだ。相手の上達を心から喜べる人になっていくのも、この行のおかげなのだ。ここがとてもすばらしいところだとつくづく思うのだ。
