12月に広沢小学校PTA文化部から頼まれて、5年生6年生200人と保護者30人程に話をしました。演題は「変わるという可能性」としました。その内容を簡単にご紹介致します。
まず「縁」の話から始めました。広沢小とは何か縁があるのです。これまで何回か護身術教室を頼まれています。全て少年部保護者の口添えです。今回の講演も縁でした。「縁」によって変わるという話をまず二つしました。一つ目は映画「グレムリン」です。30数年前に上映されたものです。アメリカ人の父親が、息子へのクリスマスプレゼントに、中華街で「モグワイ」というかわいい小動物を買います。この時店主から三つのことを注意されました。飼うのは難しいというのです。一つ目は光を嫌う、二つ目は水を嫌う、三つ目は夜中の12時過ぎに食べ物を与えてはいけない、というものでした。プレゼントに息子は大喜びです。記念写真を撮ろうとカメラのフラッシュをたくと、モグワイは叫び声を上げて逃げ出します。父親は三つの約束を思い出し息子に伝えました。ところが息子の部屋の時計が遅れていて、彼は夜中12時過ぎに食べ物を与えてしまいます。一匹だけ食べませんでした。食べたモグワイは恐ろしいグレムリンに変身し、街中を大騒ぎにしてしまいます。縁のある無しによって変わる変わらないが別れるのです。
二つ目の話は開祖の「種の話」です。金庫の中に置いた種と、地中に埋めた種です。種は種なのです。変わる可能性を持っていますが、縁のない金庫の中の種は一生芽が出ません。種は私たちのことですね。折角の変わる可能性を、縁を大事にしないとそのまま終わってしまいます。それにしても不思議な符合ですね。「水、光、栄養」の三つとは。縁とは時には人との出会いであり、ある出来事との出会いであり、本、絵、音楽との出会いでもあります。縁によって変わるという可能性は誰もが持っているはずです。変われるという自信が勇気を生み出し、やがて行動へと結びつきます。行動に移せたことが更に大きな自信となり、大きな勇気、大きな行動へとつながっていきます。変わるスタートは「よしっ」と決意する心です。心が変わると行動が変わり、行動が変わると習慣が変わり、習慣が変わると人格が変わる。人格が変わるとやがて運命が変わる。よく知られている言葉です。(ヤンキースで活躍した松井秀喜選手が、星稜高校野球部の部室にこのフレーズが貼られていたと先日言っていました。彼はこの言葉を覚えていたんですね。)
この変われるという可能性を三つ目の話で気づいてもらいたいと思いました。「ジョハリの窓」です。人間の心には四つの窓がある。一つは自分も他人も知っている自分、二つ目は他人は知らないが自分は知っている自分、小学生に三つ目は何だと思いますかと聞いてみました。見事でした。何人もが答えてくれたのです。自分は知らないが他人は知っている自分、もちろん四つ目も答えてくれました。自分も他人も知らない自分。私はこの話を学生時代、少林寺拳法部の後輩から聞きました。「先輩、今日すごくいい話を聞いたんですよ」といって語ってくれました。45年も前のことです。私はこの話を自分の可能性として聞きました。変わるのには時間がかかります。本当に変わるためには、種がやがて実を結ぶように長い時間がかかります。体験を積み重ねていく以外ありません。体験の大事さを四つ目の話でしました。
ブータン国王と国王妃が、2011年日本を訪問しました。この年の3月11日にあの東日本大震災がありました。福島で被災した子供たちを前に、国王が語った言葉が当時の新聞に載りました。それはこういうものでした。「あなたたちの心の中には徳という名の龍が眠っている。その龍はあなたたちの体験を食べて育っています。」勇気づけられたと思います。震災の体験が、やがてあなたたちの心の中に眠っている龍を大きく成長させ、目覚めさせるというのです。龍は「可能性」です。体験は「縁」ですね。
最後に我々拳士の仲間の話をしました。漫画にもなった「オール1の落ちこぼれ教師になる」です。中1の時の成績がオール1、中学卒業時、音楽と技術家庭が2、それ以外1、九九は二の段まで、漢字は自分の名前だけしか書けない。この人がアインシュタインを取り上げたテレビ番組を見て、感動した。小学校2年生の算数から勉強し、定時制高校を経て、現役で国立大に合格。今高校教師をしています。「昨日までの私と、今日からの私は違う」家でこう言ってみませんか……。こんなことを話しました。
