母と子の開祖語録  8月14日

自粛中だった稽古が再開しました。折角ですので、引き続き「母と子の開祖語録とその解説」をアップします。

卓上開祖語録カレンダー(第一集)より

14日の語録

何となくの人生と、何かに生きがいを感じて一生懸命やる人生というのは、これ全然変わってくる。一日は一日。その一日の生き方がいちばん問題なのだ。

後からついて言おう。「何となくの人生と」ハイ、どうぞ。「何かに…いうのは」ハイ、言えたら最初からここまで言ってみて! 次だよ。「これ全然変わってくる」ハイ、続いて言って。「一日は一日…なのだ」もう一度言ってみて。それじゃ最初の「何となく」から言えるか試してみよう。ダメだったらもちろんもう一度だ。

 心臓が悪かった開祖は、それでも学生たちに法話をするために山へ(本山)上がってきた。医者からは止められても、「せっかくわしの話を聞きに来てくれたのだから」と言ってね。話し始めは弱々しかった開祖の声が、時間がたつごとに力強くなっていく。やがて二時間が経っている。こんなことがよくあった。体が辛くても話したかったのだと思う。思いを伝えたかったのだ。開祖にとって若者を育てることが生きがいだった。充実した幸せな人生だったと思う。
 ある時、万歩計を贈られた開祖が、皆の前でこう言った。この話は何度か聞いているよね。覚えている?「せっかくだが、わしは万歩計は使わない。ただ何となく歩く一歩と、富士山を目指して歩きだす一歩は違う。」とこう言うのだ。何となくの人生を開祖はこうも言っていた。「起きて、食べて、寝て、チョンの人生」だって!一日は誰にも与えられている同じ一日だ。その日一日の過ごし方が10年後の自分をつくることになる。その時何を思い、何を考え、どう行動したか、その10年の積み重ねが10年後の自分をつくるのだよ。それ以外に自分をつくるものなんてないのだ。道場で修行している時間、みんなの友だちは家で寝転がりながらテレビを見ているかもしれない。お菓子を食べながらゲームをしているかもしれない。でもみんなは道衣を着て、素足で、道場で修行している。10年後違っていて当たり前だよね。

せな

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